踊る肉とパイナップル

2008/12/18(木) 13:53:07

[じぶん] 新・「障害」という言葉について

「障害」は本当に「障碍」「障礙」の当て字なのか?』を読んで。

碍という字の由来は、上から日が照っているのに、大きな石が視界を遮っていて、人が前に進めないという状態を表し、そこから「妨げる」という意味になった。一方で害という字にも「妨げる」という意味があり、用字としては間違っていないのだけれど、「災い」というニュアンスを同時に感じてしまう。

ならば、障害があることは災いなのか、という疑問が生じる。これに対して、自分たちは障害があっても、確かに苦労はしたが、今幸せに生きている。むしろ感謝しているくらいだよ。可哀想だとか言われたくない。自分たちを対等に扱ってほしい、という意見があるわけだ。あぁなるほど、そういう考え方もあるのか。ではもっとソフトな書き方にしようという発想で生まれたのが「障がい者」である。

その後、その書き方が間抜けすぎたため「障碍者」という書き方もあるぞ、という話になった。たぶん、視覚障害者のコミュニティの中で実際に「障碍者」という漢字が使われている、ということで広まったのではないだろうか。

ところが、どこかで当用漢字、国語教育の話にすり替わっていった。誰かが考えた「障がい者」という、品性のない表記をそのまま受け入れて、公式に使うなんて、役人はどうかしてる。日本語の感性が全くないなんて、国語教育に原因があるんじゃないの…という流れだ。

私は「障害者」の表記の問題を上のように理解している。その上で、やはりどうでもいい、という結論に達した。実際に、障害者という直接的な表記を避けたいときは、「私は生まれつき耳が聞こえない」とか「私は耳にハンデを持っている」という感じで婉曲できるわけで、そこまで困る問題ではないと思っている。

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